2010年6月7日月曜日

大分発美幌行 その③



天橋立の入り口



阿蘇海と宮津湾の間にできた細長い砂州で、松林が延々と続いています。でも、遠くから見ないと美しさは分かりませんね。











4月24日
城崎の宿は古い町並みの中にあるので、駐車場は1kmくらい離れたところにあり、客の車は宿の人が移動してくれています。出発時は、宿の若いオーナーが自分の車で駐車場まで私たちを送ってくれました。その車はなんとプレジデント。外は少し古い感じのデザインですが、中は超高級車です。大きなベンツに乗せてもらったこともありますが、室内はプレジデントのほうがすごいと思いました。今日は金沢に向かって出発です。城崎から舞鶴へ抜ける途中は田舎の道をくねくねと曲がり、Naviがないととても迷いそうな経路でした。途中、ハワイ温泉へ立ち寄ってみました。小さな温泉街ですが大きなホテルばかりが立ち並び、城崎のような古い温泉宿はありませんでした。次に、天橋立へ。松林を途中まで歩いて、林の中にある茶屋でぜんざいを食べて満足しました。「木を見て森を見ず」ではないけれど、天橋立の美しさは遠く高いところからでないと分からないですね。でも、時間がないので次に進みました。しばらく東へ運転し海岸沿いのレインボーラインへ行きました。あまり期待していなかったのですが、車で山を登り、さらにリフトで山頂に上がると入り組んだ入り江がとても美しく、天橋立よりずっと風光明媚なところでした。山頂には桜も咲いており、九州より1か月遅れて満開でした。山頂の神社は縁結びの神様なのか、恋人同士が固い絆で結ばれるという願掛けから、訪れた人々により無数の南京錠が周囲一帯に掛けられていました。レインボーラインを出発してからは高速なので一気に金沢まで飛ばしました。今日もじゃらんでホテル探しです。金沢は大都会なので街の中心にあるルートインへ入りました。とても大きな建物のルートインで、新しくきれいで良かったのですが、ここでも中国人の団体客で溢れ返っておりました。




大分発美幌行き その②


因幡の白兎と大国主命の像です。


白兎が鰐鮫をだまして渡ったという海岸です。



鳥取砂丘


ラクダも乗れます でも、ラクダは寒そう



城崎の旅館の窓から

4月23日
 皆生から西に向かい、境港、三保の関の5本松へ一度向かい、Uターンして再び東へ向けて出発しました。日本海側の道路は狭くてなかなか速度が上がらず時間がかかります。白兎海岸で一休み。因幡の白兎は出雲神話なので出雲の近くかと思ったら、鳥取県にありました。この白兎は色が白いのではなくて、素足の、裸のという「素」を「しろ」と読むことから来ているそうです。昔の日本野兎は色は白くなかったようで、今の白い兎は国外から来たようです。
 次に、鳥取砂丘へ行きました。予想よりずっと広く圧巻でした。中国人の高校生の修学旅行や大人の団体客がたくさん来ていました。以後は、城崎に向けてただひたすら細い道をくねくねと走り、ようやく城崎の温泉街につきました。城崎は川を中心にして情緒ある街並みです。コンビニでじゃらんを買って、小さな温泉旅館に電話して予約を取りました。城崎は志賀直哉の「城の崎にて」で有名なところですが、京都に近いこともあり昔から栄えたようです。最近はむしろ客が減ってきたため、いろいろと街全体が協力して盛り上げているようで、熊本の黒川温泉に似た雰囲気のある温泉街でした。宿泊客は町内の7か所の公共温泉に入浴が可能で、浴衣姿で町内を温泉の梯子をしました。公共温泉はどれも広くて大満足でした。たまたまこの日は街のお祭りで出店がたくさん出ており、地元の若者もたくさん集まっていました。黒人の若い美人女性が高校生と一緒にいたので、妻が話しかけたところ、高校の英語の先生として来ているようで、アメリカに帰国後は医学部に行くんだと言っていました。アメリカの医学部は、一般的には他の学部を優秀な成績で卒業した大学生が入るので、この女性も大学を卒業しているのでしょう。また、アメリカの大学はお金がかかるので、日本で稼いでから医学部へ入学するのでしょうね。
 城崎は是非また訪れたい温泉街でした。

2010年6月6日日曜日

紋別





空に向かってそびえる巨大なカニの爪














   








流氷館のマイナス20度の部屋で凍ったシャボン玉














クリオネがいっぱい















ガリンコ号:退役して、展示されています。




船の前底には4つのドリル(アルキメディアンスクリュー)があります。今はガリンコⅡ号が就航していて、こちらはドリルは2つのみ。でも大幅にパワーアップしたそうです。










6月6日
今日は紋別へドライブ。ホテルオホーツクパレスでホワイトカレーを食べました。味はシーフードカレーそのものでした。カレーを白にしたのは流氷をイメージしたのでしょう。このあたりは多くのレストランでホワイトカレーがメニューにあるようです。驚いたことに若い中国人の団体客が流暢な日本語で日本人と一緒に会話していました。こんな地方にまで中国人は来ているのですね。日本の客はまばらでした。車で流氷館を訪れました。網走の流氷館と同じく係りの人はかなりの美人でした。薄着でマイナス20度の部屋に入ったらその寒さにびっくりして、やっぱり貸出しの防寒具を着けて入りました。網走の流氷館と同じマイナス20度でしたが、室内換気の風があるためか体感温度はマイナス25度くらいでした。シャボン玉が凍ってしまい床に落ちてもシャボン玉が壊れずに固まっていました。部屋には流氷だけでなく、いろんな魚が氷漬けして展示してありました。防寒具は来ましたが、足はサンダルに裸足であったため、だんだん痺れ急いで冷凍室から脱出しました。別の部屋ではドーム状のスクリーンに流氷の映画を上映していました。どうもこの手の映画は乗り物酔いしたようになり苦手です。
 次に、とっかりセンターへ。200円で入れる小さなアザラシ館です。餌やりの時間は過ぎていましたが、お客が来たので餌やりを見せてくれました。アザラシが水中に立った姿勢は何ともユニークです。隣の施設には砕氷船ガリンコⅡ号が丁度戻ってきていました。大きなドリルが船体の底に付いています。冬にはぜひ乗ってみたいと思います。


紋別とっかりセンター




とっかりとはアザラシのこと。TVの宣伝で見たことのある様なポーズですね。

2010年6月4日金曜日

大分発美幌行 その①




ホテルの部屋の前には海が!




景色のよい部屋ですが日本海は風が強い。




皆生温泉で泊ったホテルです。一見高級ホテル風。




4月21日 引越しの荷物はゆうパックで24個送り出しました。郵便局の人、汗かきながら大変そうでしたね。ゆうパックは一箱30Kgまでですよと言われ、あわてて体重計に乗せてみたら28~29kgの重さの箱がいくつもありました。郵便局の人も局で測りなおして電話をくれました。「どれもまるで測ったようにぎりぎりセーフでした」と。ゆうパックだと北海道まで24個送っても3万5000円くらいなのでめちゃくちゃ安いですね。これが冷蔵庫や本棚を送るために、引っ越し屋に頼むと安くても18万円以上だから大きな差です。家も留守の間はSECOMでしっかり警備してもらうことになりました。我が家が銀行強盗の映画で見るような赤外線のビームで部屋が守られているとおもうと今の時代はすごいなーと思います。家の中には金目のものは何もないし警備の装置が一番高そうです。


4月22日 いよいよ北海道に向けて出発です。 別府のサービスエリアで朝食。途中、山口県柳井市の妻の実家によって、すぐに再び高速へ。山陽自動車道から中国自動車道へ合流し、米子道へ入り皆生温泉へ到着。引っ越し初日だけに、今日はずいぶんと長距離を走りました。皆生温泉は以前から泊ってみたかったところ。ホテルはベイサイドスクウェア皆生ホテルです。じゃらんで見つけて、到着前に電話予約しました。部屋の前には海が広がり素晴らしい場所にホテルは立っていましたが、この日は風が強く日本海の波も荒く寒かったです。温泉は良かったけど風が強くて風の音がビュービュー唸っていました。ホテルは安くてきれいで良かったですが、ベッドのスプリングが一部反発力が低下していました。安いベットのようでした。夕食は隣の居酒屋へ、少し高かったけど一般客も多く美味しかったです。ただ、普通の服装をした多くの一般客の中に、浴衣と草履で入るのには少し抵抗がありましたね。




2010年6月3日木曜日

New Caledonia その② Amedee島



ヌメアのヨットハーバーから出発




途中の島には海上コテージのホテル。日本人が多いとか。




われわれの乗ってきたクルーザー。アメデ島にて。



アメデ島は高い灯台が目印。




売店のお姉さんがShow timeになると踊り子に。

New Caledoniaにしては美人揃いでした。


4月14日

朝6時過ぎに起床。今日はアメデ島までクルーザーで行き、ビーチで泳ぐ予定。ヌメアからはいくつかの島へ観光クルーズがあります。天国にいちばん近い島のウベア島や海の宝石箱と呼ばれるイル・デ・パンが人気のようですが、アメデ島は島に行ってから食事、ショウ、グラスボートなどの遊びがすべてセットになっているのでアメデ島に決めました。チケットはホテルのフロントで2日前買うことができました。朝7時40分にバスがホテルにわれわれを迎えに来ました。その後いくつかのホテルにより参加者をpick upしてヌメアの港に停泊していたクルーザーに乗りました。参加者は全部で100人くらいかな。約45分でアメデ島に着きましたが、途中には海上コテージのある島や三日月島が見えます。アメデ島は昔多くの船が難破したためフランス政府が作った高い灯台があります。ですから小さな島ですが、遠くからでもすぐにわかります。海は水がとても澄んでいて、シュノーケルをして泳ぐとカラフルな魚がわれわれのすぐそばを泳いでいきます。でもサンゴが発達しているので裸足で泳ぐとけがをしてしまいます。午前11時からはラグーンクルーズへ。ほとんどの参加者がふたたびクルーザーに乗って周囲のラグーンを見学しました。ラグーンのあるところは海の色が青白くきれいです。魚も1m前後の大きな魚で、サメ、コバンザメ、マンタ、海がめなどもいました。水族館でしか見ない魚がうようよしており驚きです。昼食はビュフェ形式でワインも飲めます。そのあとは美人ダンサーによるショウ。スタッフは少数なのですが、クルーザーの運転から売店の準備、食事の準備、ショウでの歌やダンスと多才ぶりを発揮します。午後からはグラスボート、ヤシの木登り、灯台見学、民族衣装のショウなどたくさんの予定が組んでありました。とても家庭的な楽しい一日で、参加した人はみな満足そうに帰って行きました。
4月15日 もう旅行もおしまい。なんだかほっとしますね。朝早く5時過ぎにロビーに。New Caledonia国際空港までバスで高速を走ります。反対車線はヌメアに向かう車でラッシュ!飛行場では建物から出て飛行機まで地上を歩きました。こんな経験は初めですが、考えてみれば一番簡単ですね。雨の日はどうするのかなー。New Zealandまで戻って、オークランドで再びインド人のホテルGatewayへ。この日はホテルのレストランにはいかず、近くのインド料理店へ行きました。わりと安くて美味しくホテルのレストランよりはずっと良かったです。隣の小さいスーパーでスナックを買って、さらに隣の酒屋でビールを買った。どの店もみんなインド人。私が日本人と言うと、「日本人の技術力は世界一だ」とお世辞を言っていました。
4月16日 朝早くホテルを出発し、飛行場へ。オークランドから成田へ。成田から福岡へ飛び、福岡のクリオコートホテルに一泊。養老の瀧では刺身を食べました。食事はやっぱり日本が最高です。
4月17日 福岡から大分へ帰り、2週間の旅行は無事終了。




New Caledonia その①


ヌメアの中心にある公園


街中のスーパーは日本と大差なし。ただし、ワインが多く、ミルクは長期常温保存タイプのみでした。



この日はホテル近くのビーチもきれいで泳ぎました。


ビーチ側から見たラマダプラザ。円柱形の建物2つがそれです。


ホテルから見たビーチ。

4月11日~13日
New Zealandでは運転に疲れたので、New Caledoniaではホテルに滞在し、のんびりとしました。ホテルで本を読んだり、ビーチで泳いだり、周囲の店で食事したりです。初めて来たときに見たビーチは水が濁っていたのですが、その後に行った時はずいぶん綺麗になっていました。4月12日はバスで市街地まで行き、街中をぶらぶら。フランスの国の統治下なので、すべてフランス語で表示されており、物価も高めです。街はグアムのようなアメリカ的なモールではなくて、南国風で小さな店が多く街全体がこじんまりとしています。土産物はむしろホテル近くのビーチサイドに良い店が連なっており、日本人が経営しているお店では、日本人が好みそうなものが置いてありました。市街地から海岸線沿いにバスで帰ると、途中には高級リゾート地帯が広がっていました。金持ちのフランス人たちはこのあたりにたむろしているようです。私もヨットを持てるような身分になってみたいものですね。

野生の鹿


ウトロ近くの道路脇にて







キツネもいるよ

5月30日
北海道には野生の鹿は多くて道路脇で草を無心に食べています。車が通っても気にすることなく食べています。夜間は街の近くでも突然道路に飛び出してくることがあり交通事故をよく起こすようです。鹿も死んでしまうけど、車も大破するのでくれぐれも注意するよう言われています。さらにキツネもいます。本州のキツネのようにすばしっこい動きはなく、ゆっくり車に近づいてきて何かをくれと言わんばかりにこちらを見つめてきます。写真は車の窓から撮ったものばかりです。熊は時々出没するようですが、実際に出会った人は多くありません。車から熊を見た人は職場にもいました。もともと北海道の知床などは熊の生活圏で、そのごく一部に人間が入りかけている状況なので、少しでも林の中に入り込めば熊に遭遇するのは当たり前のようです。熊のほうも人間に近寄りたくないようですから、大きな声を出しながら歩いたり、カウベルを鳴らしながら林の中へ入ります。でもそこまでして危険を冒す勇気はまだ私にはありませんね。