2010年6月27日日曜日

能取岬


能取岬の灯台


岬にある美岬牧場



売名行為的な記念像


能取岬は絶壁です

今日も暑い一日でした。この春に北海道に来てからまだ来ていなかった能取岬へ来ました。観光客も少数ながら絶えることなく来ていました。草むらの中を歩く距離がありましたが、良い運動になりました。引き潮で絶壁なのに海は遠浅でした。帰りに能取湖に沿って帰りましたが、干上がった湖でたくさんの人が潮干狩りをしていました。また、美岬では多くの車が駐車しており、大きなボートを後ろに引きながら走る車を多数見ました。

気温摂氏34度!

美幌町から美幌峠へ。車で30分。


今日は快晴。屈斜路湖も美しい。


美幌峠の道


斜里岳が霞んで見えます
下は峠のお店
午前中に美幌へちょっとドライブ。今日は美幌の最高気温が34度!梅雨の大雨で九州のほうが気温は低い。それにしても北海道は気温の変化が激しい。ただ熱いとは言っても、美幌峠は風が吹いて心地よいし、湿度も低いので気持ちよい暑さです。ジャガイモのから揚げ食べて帰りました。

2010年6月14日月曜日

神の子池


神の子池近くの小川 河川工事もせず自然のままです


池の中央はブルーで水は透明。倒木がたくさん。摩周湖の水が地下から湧き出てこの池ができるそうです。



同じく神の子池


裏摩周からみた摩周湖



反対を見ると斜里岳が。

6月13日
 昨日は土曜日だというのに緊急で仕事。家からも離れられずに大人しくしていました。今日は午後からちょっとドライブ。目的地は「神の子池」。小清水で赤十字病院へ立ち寄りました。ここも転勤先の候補に入れていたので来てみました。新しくてきれいな病院です。でもベッド数は99床なのに駐車場もせまくて車が私を含めて2台だけ!見舞客もいないの?町の人はみんな歩いてくるのかな?
 ナビに従って「神の子池」へ。最後の1kmくらいは砂利の細い道。対向車が来るとどちらかが路肩に寄ったりバックしなくてはなりません。砂利の上を滑るように走るおっかない車もありました。道のつきあたりには駐車場があり、すぐ傍に神の子池がありました。池の中央はブルーで、水面は摩周湖からの湧き水でわずかに揺れています。摩周湖が一定の水面の高さを維持しているのはこの池のおかげとか。さらに摩周湖に向かうと裏摩周からの展望台があります。摩周湖もきれいですが反対側の斜里岳も雄大な山並みがきれいでした。「神の子池」や裏摩周は携帯が圏外になるので、急いで帰りました。途中の町で昼食を食べようとしましたが、どこも開いておらず美幌でラーメンを食べました。ド田舎は食堂もまばらで、昼食時間が過ぎると道の駅でもレストランは休みになってしまうのです!美幌のラーメンも塩分たっぷりで後で喉が渇いて困りました。私は血圧高いのにこんなの食べててはいけませんね。

2010年6月13日日曜日

大分発美幌行 その⑦



ベニイロフラミンゴ  南米のフラミンゴですがヨーロッパフラミンゴより色が鮮やかです。




カピバラ でっかいネズミというべきか。 こいつ眠ってるのか?




あざらし  ごろごろ寝ている自分のようだ。



首のきれいな黄色が特徴のキングペンギン




ホッキョクグマ。 冬眠しない熊。当たり前ですね。

4月29日

 なんと今日は旭山動物園の開園初日。ラッキー!小雨で寒かったせいか入園時は来園客もすくなかった。でも昼近くになるとどんどん増えてきました。テレビの取材もしていました。旭山動物園は決して特別に広い動物園とは思いませんでしたが、展示の工夫は随所に見られ、案内板も手書きで、職員のやる気を一番感じました。ここは動物園ではあるけれど、ビジネスマンが見ても社会勉強になるところですね。

 近くのかりんとう屋でカレーを食べて、美幌へ向かいました。今日も山の中の道路の周囲には雪がいっぱいです。小さな村々を通り過ぎ、ついに北見へ来ました。今後、買い物でお世話になりそうな街です。やまだ電気の店もありました。そこから30分間で最終目的地の美幌へたどり着きました。今日は美幌グランドホテルです。名前だけ聞くと、大きなホテルと思いますが。この街にはまともなホテルはこれしかない。このホテルもとても古くてトイレもウォシュレットが付いていません。インターネットでの予約もできず、大分出発前に唯一電話であらかじめ予約しておいたところです。ゴールデンウィークなのにがらがらでした。いよいよ美幌での生活が始まります。 「大分発美幌行」はこれでおしまい。



2010年6月12日土曜日

大分発美幌行 その⑥





登別の地獄谷 硫化水素ガスが臭くて気持ち悪くなりました

とても下まで降りる気になりませんでしたが 妻は降りた!




ホテルで水族館のチケットを無料でくれました

どうせ無料だからと期待していなかったのですが

本来の入場料は随分高くて予想よりずっと良い水族館でした




登別まで来たならと、反対方向ですが嵐のような強風と雨の中

高速をとばして洞爺湖へ。




洞爺湖の直ぐ後ろには昭和新山が!

有珠山もありますが登らなかった。





旭川へ行く途中の高速で。トンネルを出るとそこは雪・・・。

トンネル前も雪国でしたが・・。

4月28日

 ホテルのすぐ上にある地獄谷へ行きました。地獄と名のつくところはどこも嫌いです。硫化水素の臭いで中毒死しそうです。あまり近寄らずに遠くから眺めていました。さらに登った所には大沼という温泉源となる池があり蒸気が立ち込めていました。昨日入った温泉はこのお湯を引いたものかと思うと少しがっかりです。単なる熱い泥沼で別府の坊主地獄のようですから。
 ホテルの宿泊客には「クマ牧場」「水族館」「伊達時代村」の3つのうち1つだけ入場券が無料でもらえました。あまり興味はなかったのですが水族館の券をもらって街のほうまで下りました。マリンパークニクスです。季節はずれのためか広ーい駐車場に数台しか車はありませんでした。入場料は大人一人2400円!これが無料でもらえたとはびっくりです。入館するとまるでディズニーランドのようなお城の建物があるではありませんか。中は水族館でなかなか良かったです。イルカのショウもあったし、イワシの大群がキラキラ光りながら泳ぐ姿は圧巻です。でも外は小雨で寒かった。
 今日の目的地は旭川ですが、せっかくなので洞爺湖まで行きました。この日は激しい風と雨で高速も運転が危ない。予報では十勝方面に大雪が降っているとか。美幌へは帯広経由で行こうか旭川経由にしようか迷っていましたが、雪が降っては帯広へは向かえません。洞爺湖で昼食を食べ裏山の昭和新山をパチリ。有珠山のロープウェイもありましたがガスで何も見えそうにありません。そのまま、嵐の中を苫小牧まで高速を走りました。その後は札幌から旭川まで一気にたどり着きました。太平洋側から離れると風も凪いできました。旭川への高速では、高度があがると雪が一面に積っていました。4月末でもさすがに北海道は寒いのですね。旭川ではドーミーインへ泊りました。部屋は狭かったのですが、新しくて良かったです。

2010年6月10日木曜日

大分発美幌行 その⑤



新日本海フェリーの船内




岩木山



フェリー後部から日本海を望む




津軽海峡 白い波が立っているのが分かりますか

突然、海流が荒くなり波が高くなりました

4月27日
船旅はとても楽です。毎日長距離を運転する必要もなく、寝ていれば北海道まで一気にたどり着くのですから。幸い天候にもめぐまれ波も穏やかです。朝から大浴場へ入りました。「これが船のお風呂?」と驚くほど広かったです。戦艦では小さな風呂に海水沸かして入浴し、シャワーで海水を落とします。このように船の中では水は極めて貴重と考えていました。ですからこんな大浴場は想像もしませんでした。平和の象徴のような気がしました。昼食は1200円のバイキング。カレーなどのB級グルメばかり。でも船内にしては高くないと言えるでしょうね。やがて船の右手に雪で被われた美しい山々が見えました。たぶん岩木山と思われました。津軽海峡に入ると突然波が荒く白波が目立つようになりました。大きな船ですが揺れも少し激しくなり妻は船酔いしたようです。海峡を過ぎると再び波は穏やかになり、苫小牧東の港に着きました。荒涼とした大地が広がる中に小さな港だけがありました。苫小牧東のコンビニでまたまたじゃらんを購入しました。登別のホテルに予約をとって、高速を使い急いで登別まで飛ばしました。1時間でたどり着かないと夕食が終ってしまうからです。暗い中、無事に登別温泉の石水亭に到着しました。驚いたことにこのあたりはまだ雪が残っていました。白く濁った登別ならではの硫黄泉にゆっくりと浸かり一息つきました。ついに北海道まで来たなーて。

2010年6月9日水曜日

大分発美幌行 その④



兼六園は日本庭園最高の芸術作品






金沢のひがし茶屋街 実際に店として使用されています





白川郷を流れる庄川も美しい
吊り橋を渡る多くの人々



合掌造り 後ろの山と相まって美しい村です




富山県の砺波チューリップ公園

4月25日
当初は東北まで行って青森・函館間もフェリーに乗る予定でした。昨夜ホテルの部屋でインターネットでフェリーの予約状況を確認してみましたが、大分で確認したのと同じく希望する時間のフェリーは予約で一杯でした。よって急遽、新潟から苫小牧までフェリーに乗ることに変更しました。すると時間にかなりの余裕ができたので、今日は白川郷まで寄り道することにしました。先ずは電話で新潟のフェリーを予約。2段ベッドの4人部屋を二人で使用して下さいとのこと。これで一安心。まずは兼六園へ、ここも中国人観光客で賑わっています。庭園はどこから眺めても美しく、その構図が完璧と思いました。しかも実にきれいに手入れされており、管理の人たちの苦労の賜物ですね。次に、白川郷へ南下しました、高速の分岐点から1時間で着きました。山奥の田舎に突然広大な駐車場が現れ、観光バスと自家用車で埋め尽くされています。でも景色は美しく、後ろには雪をかぶった山々があり、流れの速い大きな川に掛った吊り橋を渡るとたくさんの合掌造りの家が並んでいました。合掌造りの家は見上げるように大きく重厚な建物です。維持するのは大変そうですが、日本の文化遺産として残す価値は極めて高いと感じました。再び高速で北に向かいました。高速のSAで砺波チューリップ公園のポスターを見つけ行くことにしました。日本でチューリップ栽培の始った地域だけに広大な面積にいろんなチューリップが植えてありました。ただ、今年は春になっても寒い日が続いたため、開花状態も3分くらいで本格的な時期はこれからのようでした。昨夜は金沢のルートインでしたので、今日は富山のルートインにしました。でも富山のルートインは小さくて古くて駐車場も離れたところでバツでした。夕食は近くの居酒屋に入りましたが、魚は生臭く、醤油のたまりもなくてがっかりでした。富山は山がきれいですが街自体は金沢に大きく負けていると感じました。
4月26日
富山市内は特に観光せず一路新潟へ向かいました。フォッサマグナの谷間を過ぎてSAで休憩。新潟市の手前の田舎町にある弥彦桜井郷温泉「桜の湯」で長い休憩。入浴料は岩盤浴と入浴で1500円くらい。岩盤浴が安い。私にとっては初めての岩盤浴でした。浴場も広く休憩所は、リクライニングソファのある部屋や、畳の広い部屋など施設は驚くほど充実していました。再び車に乗って新潟へ。新潟駅前のデパートのイタリアンレストランへ入りました。ちょっと高い。でも美味しかった。しかもスタッフにイタリア人らしい若い男性もいました。驚いたのは、来る客がすべて女性で、キャリアウーマンかモデル級の美人ばかり。何なのこの店?
食後はフェリー乗り場に行き、乗船する車の列に並んで乗船まで長い時間待ちました。船は約2万トンの大きな船です。34年前に東京から苫小牧のフェリーに乗ったことがありますが、この時は1万トンくらいだったような気がします。今回は乗用車以上に多くの数の大きなトラックが乗船していました。観光客は多くなくても貨物輸送で船の経営は成り立っているのでしょう。船の室内はゴム臭くて閉口しましたが、そのほかは快適でした。風が強くてデッキに出られなかったのは残念でしたが、予定時間きっかりに滑るように船は出港しました。妻はすぐに船内の大浴場へ。私は船室で山口県で手に入れた日本酒「獺祭」の新酒をチビチビと楽しみました。




2010年6月7日月曜日

大分発美幌行 その③



天橋立の入り口



阿蘇海と宮津湾の間にできた細長い砂州で、松林が延々と続いています。でも、遠くから見ないと美しさは分かりませんね。











4月24日
城崎の宿は古い町並みの中にあるので、駐車場は1kmくらい離れたところにあり、客の車は宿の人が移動してくれています。出発時は、宿の若いオーナーが自分の車で駐車場まで私たちを送ってくれました。その車はなんとプレジデント。外は少し古い感じのデザインですが、中は超高級車です。大きなベンツに乗せてもらったこともありますが、室内はプレジデントのほうがすごいと思いました。今日は金沢に向かって出発です。城崎から舞鶴へ抜ける途中は田舎の道をくねくねと曲がり、Naviがないととても迷いそうな経路でした。途中、ハワイ温泉へ立ち寄ってみました。小さな温泉街ですが大きなホテルばかりが立ち並び、城崎のような古い温泉宿はありませんでした。次に、天橋立へ。松林を途中まで歩いて、林の中にある茶屋でぜんざいを食べて満足しました。「木を見て森を見ず」ではないけれど、天橋立の美しさは遠く高いところからでないと分からないですね。でも、時間がないので次に進みました。しばらく東へ運転し海岸沿いのレインボーラインへ行きました。あまり期待していなかったのですが、車で山を登り、さらにリフトで山頂に上がると入り組んだ入り江がとても美しく、天橋立よりずっと風光明媚なところでした。山頂には桜も咲いており、九州より1か月遅れて満開でした。山頂の神社は縁結びの神様なのか、恋人同士が固い絆で結ばれるという願掛けから、訪れた人々により無数の南京錠が周囲一帯に掛けられていました。レインボーラインを出発してからは高速なので一気に金沢まで飛ばしました。今日もじゃらんでホテル探しです。金沢は大都会なので街の中心にあるルートインへ入りました。とても大きな建物のルートインで、新しくきれいで良かったのですが、ここでも中国人の団体客で溢れ返っておりました。




大分発美幌行き その②


因幡の白兎と大国主命の像です。


白兎が鰐鮫をだまして渡ったという海岸です。



鳥取砂丘


ラクダも乗れます でも、ラクダは寒そう



城崎の旅館の窓から

4月23日
 皆生から西に向かい、境港、三保の関の5本松へ一度向かい、Uターンして再び東へ向けて出発しました。日本海側の道路は狭くてなかなか速度が上がらず時間がかかります。白兎海岸で一休み。因幡の白兎は出雲神話なので出雲の近くかと思ったら、鳥取県にありました。この白兎は色が白いのではなくて、素足の、裸のという「素」を「しろ」と読むことから来ているそうです。昔の日本野兎は色は白くなかったようで、今の白い兎は国外から来たようです。
 次に、鳥取砂丘へ行きました。予想よりずっと広く圧巻でした。中国人の高校生の修学旅行や大人の団体客がたくさん来ていました。以後は、城崎に向けてただひたすら細い道をくねくねと走り、ようやく城崎の温泉街につきました。城崎は川を中心にして情緒ある街並みです。コンビニでじゃらんを買って、小さな温泉旅館に電話して予約を取りました。城崎は志賀直哉の「城の崎にて」で有名なところですが、京都に近いこともあり昔から栄えたようです。最近はむしろ客が減ってきたため、いろいろと街全体が協力して盛り上げているようで、熊本の黒川温泉に似た雰囲気のある温泉街でした。宿泊客は町内の7か所の公共温泉に入浴が可能で、浴衣姿で町内を温泉の梯子をしました。公共温泉はどれも広くて大満足でした。たまたまこの日は街のお祭りで出店がたくさん出ており、地元の若者もたくさん集まっていました。黒人の若い美人女性が高校生と一緒にいたので、妻が話しかけたところ、高校の英語の先生として来ているようで、アメリカに帰国後は医学部に行くんだと言っていました。アメリカの医学部は、一般的には他の学部を優秀な成績で卒業した大学生が入るので、この女性も大学を卒業しているのでしょう。また、アメリカの大学はお金がかかるので、日本で稼いでから医学部へ入学するのでしょうね。
 城崎は是非また訪れたい温泉街でした。

2010年6月6日日曜日

紋別





空に向かってそびえる巨大なカニの爪














   








流氷館のマイナス20度の部屋で凍ったシャボン玉














クリオネがいっぱい















ガリンコ号:退役して、展示されています。




船の前底には4つのドリル(アルキメディアンスクリュー)があります。今はガリンコⅡ号が就航していて、こちらはドリルは2つのみ。でも大幅にパワーアップしたそうです。










6月6日
今日は紋別へドライブ。ホテルオホーツクパレスでホワイトカレーを食べました。味はシーフードカレーそのものでした。カレーを白にしたのは流氷をイメージしたのでしょう。このあたりは多くのレストランでホワイトカレーがメニューにあるようです。驚いたことに若い中国人の団体客が流暢な日本語で日本人と一緒に会話していました。こんな地方にまで中国人は来ているのですね。日本の客はまばらでした。車で流氷館を訪れました。網走の流氷館と同じく係りの人はかなりの美人でした。薄着でマイナス20度の部屋に入ったらその寒さにびっくりして、やっぱり貸出しの防寒具を着けて入りました。網走の流氷館と同じマイナス20度でしたが、室内換気の風があるためか体感温度はマイナス25度くらいでした。シャボン玉が凍ってしまい床に落ちてもシャボン玉が壊れずに固まっていました。部屋には流氷だけでなく、いろんな魚が氷漬けして展示してありました。防寒具は来ましたが、足はサンダルに裸足であったため、だんだん痺れ急いで冷凍室から脱出しました。別の部屋ではドーム状のスクリーンに流氷の映画を上映していました。どうもこの手の映画は乗り物酔いしたようになり苦手です。
 次に、とっかりセンターへ。200円で入れる小さなアザラシ館です。餌やりの時間は過ぎていましたが、お客が来たので餌やりを見せてくれました。アザラシが水中に立った姿勢は何ともユニークです。隣の施設には砕氷船ガリンコⅡ号が丁度戻ってきていました。大きなドリルが船体の底に付いています。冬にはぜひ乗ってみたいと思います。


紋別とっかりセンター




とっかりとはアザラシのこと。TVの宣伝で見たことのある様なポーズですね。

2010年6月4日金曜日

大分発美幌行 その①




ホテルの部屋の前には海が!




景色のよい部屋ですが日本海は風が強い。




皆生温泉で泊ったホテルです。一見高級ホテル風。




4月21日 引越しの荷物はゆうパックで24個送り出しました。郵便局の人、汗かきながら大変そうでしたね。ゆうパックは一箱30Kgまでですよと言われ、あわてて体重計に乗せてみたら28~29kgの重さの箱がいくつもありました。郵便局の人も局で測りなおして電話をくれました。「どれもまるで測ったようにぎりぎりセーフでした」と。ゆうパックだと北海道まで24個送っても3万5000円くらいなのでめちゃくちゃ安いですね。これが冷蔵庫や本棚を送るために、引っ越し屋に頼むと安くても18万円以上だから大きな差です。家も留守の間はSECOMでしっかり警備してもらうことになりました。我が家が銀行強盗の映画で見るような赤外線のビームで部屋が守られているとおもうと今の時代はすごいなーと思います。家の中には金目のものは何もないし警備の装置が一番高そうです。


4月22日 いよいよ北海道に向けて出発です。 別府のサービスエリアで朝食。途中、山口県柳井市の妻の実家によって、すぐに再び高速へ。山陽自動車道から中国自動車道へ合流し、米子道へ入り皆生温泉へ到着。引っ越し初日だけに、今日はずいぶんと長距離を走りました。皆生温泉は以前から泊ってみたかったところ。ホテルはベイサイドスクウェア皆生ホテルです。じゃらんで見つけて、到着前に電話予約しました。部屋の前には海が広がり素晴らしい場所にホテルは立っていましたが、この日は風が強く日本海の波も荒く寒かったです。温泉は良かったけど風が強くて風の音がビュービュー唸っていました。ホテルは安くてきれいで良かったですが、ベッドのスプリングが一部反発力が低下していました。安いベットのようでした。夕食は隣の居酒屋へ、少し高かったけど一般客も多く美味しかったです。ただ、普通の服装をした多くの一般客の中に、浴衣と草履で入るのには少し抵抗がありましたね。