2013年11月24日日曜日

知床開拓者の跡

栂嶺レイの著書「知床開拓スピリット」を読んでから、ずっと行ってみたかった知床半島の廃墟散策です。

今はウトロより先に民家はありません。「手つかずの大自然が残る知床」と宣伝されていますが、実は戦後、開拓のため入植した人々がいました。彼らは国の方針で入植しました。ところが、その後、知床は国立公園に指定され、観光を主体とした地域づくりの方針が決まったのです。また、全国の開拓事業の終結に伴い、知床の入植者たちも汗水流して開拓した自分たちの田畑を手放すことになったのです。彼ら開拓者たちの跡が今も所々に残っています。

知床自然センター前で道路は二つに分かれており、知床五湖の道路に入ります。そこから直ぐのところにある「馬頭観世音」の石碑です。北海道では、馬も家族の一員でしたから、馬が死んだ後に供養したのでしょう。本来、馬頭観音は観音菩薩の一つの変化身ですが、「馬頭」という名前から、日本では馬の供養に祀られることが多いようです。競馬場にもこれがあるとか。


            馬頭観世音石碑の直ぐ傍にある、幌別公民館の崩れた屋根です。


岩尾別川です。川の手前には鮭マス孵化場があります。昔は、川がもっと孵化場側を流れ、向こう岸には、岩尾別小中学校がありました。子供の数は、多い時200名まで増えたようです。相撲取りの大鵬をご存知かと思いますが、彼のお父さんはこの学校の校長でした。


                    道路わきに残る民家の残骸。


           真中に見えるのが「でんぷん工場」のコンクリートで造った煙突です。


            この煙突の直ぐ傍にある、コンクリート製の「でんぷん沈殿槽」。


                       道路わきの雄鹿。


                     正面の一番高い山が羅臼岳。


               夕暮れ時に、ウトロ港に戻ってきた一隻の漁船。

随分と寒くなりましたが、今年はまだ雪が積もっていません。来週あたりには降ってくれるでしょう。

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